2016年10月3日月曜日

お客さん

10月に入って作品の流れができてきた頃
創作をちょっと止めさせてもらって
メンバーみんなにお客さんの話をしました。
        
舞台を創るときには
これまでに自分が出会って共に過ごした
忘れがたい人たちのことを
想い起こせるかぎり想い起こすようにしています。
        
20代の頃わしは、
未来の舞台を夢みながら
工事現場や建築現場で
下働きをして生計を立てていました。
        
その頃、現場で出会った人たちに、
いつか自分の創る舞台を
観にきてもらいたいと思っていた。
        
長いあいだひとりぼっちで
日雇い仕事を続けてきたおじいさん。
舞台芸術なんて見たことない現場監督さん。
消耗しきって浴びるようにお酒を呑んで寝る人たち。
表社会には出ることのなかった人たち、
けっして忘れられない、ひとり、ひとり。
         
家族や友人に観てもらうだけでなく、
舞台関係者に観にきてもらうだけでなく
世界各地の人たちに観てもらうというだけでなく、
ご先祖さんたちに見守っていてもらうというだけでなく
         
いつでもわしは、 
あの頃に出会った人たちに
工事現場でともに働いていたあの人たちに
楽しんでもらえる舞台を目指してきました。
        
かつて大阪のスラムに住んで
日雇い労働をしていた頃のこと。
秋めいて肌さむくなってきた夜おそく、
駅のまん前、激しく車の行きかう道ばたで、
日雇いのおじいさんがひとり
辺りに響きわたる声で絶叫していた。
          
「生きていたって辛いことばっかり!
楽しいことなんてなんにもない!
本当に、本当に、人生、
楽しいことなんてなんにもない!
あったとしても、一度だけ!
楽しいことなんて、一生に、一度だけ!」
          
その場では どうすることもできないまま
わしは その時こころが決まったんです。
         
いつか自分は素晴らしい舞台を創ろう。
このおじいさんが観に来てくれて
「ああ、オレは生きていてよかったんだ。
 生きていたらこんな楽しいこともあるんだな」
そう言ってくれるような素晴らしい作品を上演しよう。
         
家族とのあいだに苦しい想いを抱えて
ひとりぼっちの人たちもいる。
ありがとうって氣持を誰にも伝えられないまま
ひとりぼっちで過ごしてきた人たちもいる。
自分が照明のあたるところに立って何かするなんて
思ったことさえもない人たちがいる。
         
そんな人たちのことを忘れないで舞台を創ろう。
かつて身ずからも体験してきたことなんだから。
       
家族の死期を間近にひかえた人たち。
家族を亡くしたばかりの人たち。
住みなれた大切な家を失った人たち。
美しい故郷を失った人たち。
          
そんな自分たちのことを忘れないようにして
至福の出来事を生みだしていこう。
          
ひとりで舞台演出のプランを練っているとき
色んな想いがあふれてきて涙していることも多いんです。

(飯田茂実)